DOG FISH NIGHT
石畳の坂道を下りていくウソップの瞳には、夜の海に浮かぶメリー号が揺らめいている。時おり船内に蠢く人影。間に合わせで買った襟巻に顎を埋め、早歩きで船の方へと下りていく。猛吹雪が海の方からびゅんびゅんと流れてくるのに、肩を震わせた。サンジが作り置いてくれているだろう温かい料理のことを想像し、石畳から砂浜へと飛び降りる。砂雪に靴が埋もれ、すぐに感覚を失った。ざく、ざくと体重の沈む音が足元から滲み、白い息が絶えず強い風によって奪われていった。見張り台を見あげた。海賊旗がばさばさとはためいている。船の近くまできて、ふいに強い引力を感じ海を見た。海の遥か、何かが光ったような気がしたのだった。暫く眺めていたが夜の海は静かに息吹いているだけだった。しかし目線を逸らすと再び光った。水平線に目を凝らす。ぱかっと遠くが光った。稲妻が空を裂くのが見えた。ひゅ、と喉が鳴る。夕方、冬鳥の群れを見たのを思い出した。(あっちの海は、嵐だ。)ウソップは稲光を眺めた。喉が渇いている。ぱか、ぱか、と空が裂け海上がぽうっと光る。遥かげに光っている。
ふと足元に何かが擦り寄る気配がし、ウソップはぞわりと背筋を凍らせた。おそるおそる見おろすと、一匹の犬と目が合った。なんだあと盛大に溜息を吐き出し、しゃがみ込んで犬の頭を撫ぜる。お、お前あったけえな。ぐしゃぐしゃと掻き撫ぜると犬は気持ちよさそうに舌を出した。桃色の舌がウソップの鼻をべろりと舐めあげる。ウソップは笑った。至近距離で犬の目と対峙していると、心がざわざわとした。そのとき突然、犬がウソップの手から飛び退くようにして海へとダイブした。ぎょっとしてウソップは手を伸ばしかけたが犬の姿は夜の海に瞬く間に溶けてしまった。数秒ののち、海面から顔を出した犬の濡れた耳。その犬の口に一匹の角鮫が銜えられていた。ウソップは目を見張った。角鮫は動かない。瞬間、海の遥か彼方が金色に光るのを見た。はっとして其方を見ると、遅れて物凄い雷鳴が鼓膜を突き破った。思わずウソップは耳を覆い、目を閉じた。何故だか、ルフィの声を聞いた。そんな気がした。
気付くと犬の姿は何処にもなく、先ほどまでなかったはずの空のビール瓶のみが砂浜に突き刺さっていた。なんとなく引っこ抜いたそれから、ざあざあ流れ落ちる砂はとめどなかった。ラベルを辿った指先から潮の匂いが溢れだす。見覚えがあった。別れ際ゾロが飲んでいたやつじゃないか。そこに描かれている文字をそうっと読みあげてみる。「犬。に魚?」 嵐は次第に此方へと近付いているようだった。