DOG FISH NOON
坂の中腹。突如として雪が降ってきた。雪雲の在り処を探したが見つからず、青い空が眩しく目に沁みただけだった。目に、海上を飛び交う冬鳥の群れが飛び込んでくる。背後を振り返った。午前中の雨で濡れた道も今では渇いてしまっている。でも海はざわついていた。まちがいなく。ナミさん? ぎゅうぎゅうに詰め込まれた紙袋を抱えたサンジがタバコを銜えたままの唇を開いた。どうかしたか? 吐き出された煙のしろが雪風によって海のほうへとおりていく。「……たぶん、嵐がくる」「嵐?」「 そう、春の嵐」
メリー号に向かって坂を下っていく途中、急にナミが立ちどまったかと思うと、「……ちょっと休憩」、その場に座り込んでしまった。「此処で?」目を見開いたサンジに、先帰ってていいわよと足を崩す。サンジは海の方を見、其処にあるものに嗚呼と思った。同じようにナミの隣に腰をおろすと、石畳の冷たさが布越しに伝わり肩を震わす。おれも一服。サンジが笑うと、ナミはじっと海岸線を見つめたまま鼻を啜った。紙袋の中をがさごそと探り、サンジは買ったばかりのストールを取り出しナミの肩にかぶせた。短くなったタバコが唇から飛び出て落ちた。新たな一本を吸うためスーツの内側から潰れた箱を取り出す。ぐしゃりと音が鳴る。雪片がジャケットの黒に染みこんでいった。……あいつ、なんか食ってんな。サンジの呟きにナミの視線が流れ、ある一点でとまる。目を閉じた。海の音が聞こえていた。何も無いのに、涙が溜まるのを感じた。どこまでも、あおいのだった。閉じたまぶたの裏側でルフィの麦わらが揺らめいている。
海音に、なにやら違うものが交じりはじめた。ふたりにつよい風が吹きつける。ばさばさばさばさ。羽がふわりふわりと視界に落ちた。冬鳥の大群。が眼前に。きゃっ。声をあげる彼女。ぶつかる寸前で鳥たちは舞いあがり、だんだんと小さくなっていく。目で追いかけるあいだもサンジはタバコを噛み締めていた。肩を叩かれる。美しい彼女の目尻が笑っている。サンジくん、呼んでる。視線をずらすと遠くでルフィが手を振っていた。ルフィの手にはビール瓶。それが小刻みに光を放つ。ゾロの隣にあの犬がいるなと思った。さっき海音に交じって聞こえたのだった。しゃり。しゃり。しゃり。なにかを齧りとる音を。