夜行バスで寝る。踏まれたスティックシュガー。
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 トイレ休憩でサービスエリアに寄った。降りるか逡巡しているところへ、視界をぶれさす振動があった。目だけあげる。ざらついた闇をすくう。通りざまに座席を足蹴にしていった銀髪が、通路を過ぎるのを見る。ステップを降りていく気だるげな男のその横顔が、砂のごとくザザッと視界から切れた。意味なく蹴っていったのか?微妙に骨に響いた肘を摩る。その数秒後、隣席の男が初めて動いた。発車から今まで、死体かと疑うほど、一ミリも動かなかった。その男の頭が、ゆっくりと背凭れから離れて逆立つ髪の静電気を見る。巻かれた眼帯の紐が、こちら側に垂れてくる。刹那、どこか、たぐりたくなる猛烈な指の衝動があった。蜘蛛の糸でもあるまいし。指を噛む。煙草を吸いに降りるか?今ならまだいける。しかし、こちらが立つ前に隣が立った。その手には、読めない銘柄の箱がグシャグシャに握られていた。それだけを持って、男はバスを降りていった。悪寒がする。きっともうすぐ雪が降る。吐いた息に曇る窓に、ひたいをはりつける。ひたいの生え際にある古傷の縫い痕に、冷気を吸い取らせる。窓の外。ぽつぽつ散らばる、塵のような灯り。その周囲に蠢く闇は一層濃く、じっと見ていると生き物のようでさえあった。実際、生きた塊がふたつ、そこに立っていた。さっきの二人だった。座席を蹴っていった後席の銀髪と、俺の隣に座っていた眼帯は、ツレだったらしい。一言も言葉を交わさないから、わからなかった。座席指定の際、「離れてもよい」にチェックを入れたのだろうか。目を凝らす。闇にまぎれる男二人の、境目がない。凝らせば凝らすほど、目に見えなくなっていく。
 闇から目を剥がす。座り直した拍子に、靴底が何か踏んだ。足下に目をずらす。靴底を持ち上げる。さらさらと流れ落ちる何か。破れたスティックの穴から、白く流れ落ちていくそれに首を傾ける。走行中、振り向いた座席の隙間に見た銀髪が、砂漠の目で延々と紙コップに傾けていたそれが、ふと過る。これはあの、スティックシュガーだ。
 流れだしたら落ちていくしかないそれを、それでも掌で受けとめた。
 なぜだか急に、もうどこにもない、あかぎれの手を思った。女の手だ。いつも何かを洗っていた。俺達が汚す事しかできない何かを洗っては、擦り切れていく手だった。
 定刻になった。
 バスが、ぶるりと発車体勢に入る。
 あの二人は、戻ってこない。
 運転手にその事を告げるなら今だった。
 今ならまだ間に合う。わかっていながら目を閉じた。

2018.01.05/置き去り