土方は猫背気味に呆と突っ立っていて、伏せられていた睫を震わせゆたりとまぶたを上げた。その土方の眼球の動きを読み取ったとき、山崎は嫌な予感がして喉を鳴らした。その直後、土方の左腕がしなり鋭い動きをもって横の食器棚にぶつけられた。反動で扉が開いた食器棚から何枚かの皿が床に落ちて酷い音がする。粉々に割れた破片が飛び散った。土方の左手が拳の形のまま棚にめり込んでいる。土方は暫し肩で呼吸をし、それからしゃがみ込んで割れた破片を拾おうと手を伸ばした。そこで山崎はただ傍観していたのをやめ土方に近付き、破片に触れようとしているその腕を掴む。土方は山崎を見、それから掴まれた腕に視線をやった。ちらと土方の手の甲を見ると皮が捲れている。俺が片しておくんで行ってください。なるべく視界に入れないようにして山崎は土方の腕を離した。ああ悪いな。土方の靴の先に芥箱が倒されており、其処から曲がりくねった煙草のパッケージが転がり落ちていた。
 箒で破片を拾い集めながら、山崎は棚の傷痕を眺めた。木の皮が捲れささくれている。それは土方の左手の甲の捲れ具合と同じ程であった。足元では破片の擦れる音が響き、それらが反射して妙に眩しい。山崎は箒で掻き集めたそれらを全てちりとりに放り込んでしまった。椅子を引き、腰をおろす。ちりとりの口が開いており、細かな欠片たちが視界の隅でちかちかと瞬いている。


 炬燵に潜り込む足に、沖田の足が絡みつく。その指の冷たさに山崎は肩を震わせた。ちょっとやめてくださいよ。山崎が避けて足を動かすと、更に沖田の足が伸びてくる。さみいなあ、と何度もその口は繰り返しており、額を机上に載せ唸っている。山崎は捲っていた領収書の束を置くと、手元に置いてある急須をポットの下へとやった。ポットの出っ張りを押す。急須にお湯が注がれ、湯気が立ち昇る。少し急須を揺らしてから沖田の湯呑みを引き寄せ茶を注いでやる。こぽこぽと緑色の液体が流れ落ち、茶の香りが漂った。はいどうぞ。そしてそれを飲んだら仕事行ってください、という意味も込めて湯飲みを渡す。沖田は暫し立ち昇る湯気に目を瞬かせてから、それに手を伸ばした。しかし指が触れたのと同時、熱っと短く叫び、炬燵を些か動かしながら山崎の左耳たぶを掴んだ。冷えた耳たぶに、沖田の指先の熱が伝わる。……なにしてんですか。冷やしてる。耳たぶは人体で最も冷てえらしい。じゃあ自分のにしてくださいよ、と山崎は呆れ笑った。そんなに熱いですかね。山崎が自分の湯呑みに触れながら問うと、沖田はやっと指を離した。そのとき沖田の指が視界に入った。中指の甘皮が捲れて赤身が剥き出ている。どうしたんですかそれ。沖田の指を思わず掴んだ。沖田は少し考えてから、こないだ切った、と言った。ちょうどそのとき、土方が廊下から顔を出した。総悟ぉお見廻りはどうしたてめえ、と捲し立てている。沖田の指を掴んだまま、山崎はそちらを見た。土方の髪は乱れに乱れており隊服も皺だらけであったので、昨夜も寝ていないのだろうことが窺い知れた。沖田は山崎に指を掴まれたまま、何食わぬ顔でいる。ち、と舌打ちだけした。聞こえてんぞコラ、と土方が畳に足を踏み入れる。山崎が手を離すタイミングを考えていると、土方が先にそれに気付いて顔を顰めた。沖田の中指の甘皮が剥けているのが丸見えである。それはあの土方がへこませた棚のささくれ具合と、土方の左手の甲の捲れ具合と同じ程であると山崎は気付いた。土方さあん。沖田の唇が動く。今日は破片まみれじゃないんですねィ。
 山崎は思わず指を離した。沖田は離された指を口元にもっていき下唇にそれをつけた。土方の足裏が畳を擦る音がする。山崎は土方を見た。土方の眼球の端に光が散って見えた。炬燵布団の中で、山崎の足は沖田のそれに絡められている。面倒なことだと思った。山崎には、どうすることもできない。

2010.11.02/第三関節あたり