行く手が塞がっていた。弧を描くワイパーの切れ間に、工事現場の保安灯が滲んで見える。煙草を噛む。疲れ切っていた。引き返さなくてはならない。雨の奥に見える、積まれた鉄板や土嚢に絞った焦点がワイパーに散らされる。そうしていつまでも動かない車を、誘導員が振り返った。そのヘルメットを弾く雨粒が、合羽の袖口から垂れる雫が、夜光ベストの明滅が、妙にスローで入ってくる。誘導員の男の背後で、工事車両が煌々と眩しい。一度視線を空に向けた誘導員の、こちらに向かってくる赤い明滅に眩んでいく。仕方なく数センチだけおろした窓から細かく吹き込んできた雨に混じって「ここ通れないんで」と低い声がした。明滅する赤を宿した目と合った。この道の先が目的地だと伝えると「それなら少し戻ってもらって、大きい道をぐるっと回って……」と答える声と目を、何故かわかる感じがした。この男を、体がわかる。それは車の運転や泳ぎ方などと同じ、繰り返しによって覚えた体の感覚だった。数秒の会話を終え、窓を上げる。閉じきる寸前、視線が絡む。すぐ窓に遮られたそれが、雨でぼかされる。蒸れた耳を払うように無線を外した男のヘルメットがずれた。視界を散った銀髪に、雨音が一瞬遠ざかる。ヘルメットをかぶり直した男は、垂れたベルトを顎に引っかけながら誘導灯をぐるりと回した。車をゆっくりUターンさせる。向きを変える車体を、男はただ見ていた。最後にハザードを二度点滅させ、そのまま走り去る。バックミラーの中で、男が小さくなっていく。
2025.08.10/転生