銀土ワンライ:節分






 息も吐けぬほど、絶えず殴られる。土方の顔面はびしょ濡れだった。皮膚を切り裂きはしないが、破片のように吹きつけてくる雪の粒に目を開けていられず、立ちどまる。若干、思考も立ちどまった状態な、土方のうつむく髪にもそれは積もってパッと見、白髪と大差ない。スーパーのガラスに映りこむ白髪と目を合わして自分だと気づくまでに数秒かかった……。やめた煙草を思いだす、白い息。紫煙とは違って汚れがない息遣いで歩く土方は、どこかに入りたくて仕方ない眼をあちらこちらに彷徨わせた。あの家も、その家も、この家も、漏らす光の粒。土方は、子供が家にいる時間帯に原っぱで鼻水を垂らしていた子だった。輪になって飯を掻き込む夕暮れに夕陽より赤い血を川に流していたバラガキだった いつでも乾いた目につく、どこにでもある光の粒が、あの頃、己だけを追い出し続けていたことを、帰る光がある今、思いだす。土方は今日一日、鬼をやらされたのだった。年甲斐もなく、はしゃぐ男たちに、鬼は外〜と投げつけられた豆と、今顔面に吹きつける雪がダブって土方を無駄にうろつかせた。ある程度歩き回って、これ以上、他の毛まで白くなる前に、懐で、折れ曲がっていた鬼の面を取り出した土方は、雪よけ代わりにそれをつけた。日付が変わるまでは帰るなと沖田あたりに言われたのを律義に守る鬼は、暗がりの道端で誰もいないのをいいことに棒立ちでいた。誰かがいたらまず間違いなく悲鳴があがる鬼の面で、雪に埋もれていった。このまま雪像にでもなってしまうかという頃合い、立っているそばの雪山からぬっと出ている生首と目が合った。鬼の視界でとらえた内心は死ぬほどビビっていたが向こうもそれ以上にビビっていたので、即座に恐怖はひいていく。顔見知りの、生首だった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「鬼ぃは〜外ぉ」
 生首が喋った。ついで雪の塊が投げつけられる。なにかを言う前に、首から下も出てきたので生首じゃなくなった。腰から下がなかなか抜けだせないようで渋々手伝うことになる鬼の腕に助けられながら「雪かきしてて気づいたら埋まってた」と言う。何を言ってるのかわからない。吹雪く看板にスナックお登勢と薄っすら見えたとき、ズボっと雪山から抜けた生首・・・じゃない。銀時はなぜかレインコートを身に纏っていて、濡れてはりつくそれが中の肌色を透かす……。
 どうにも喋るのに邪魔な鬼の面を外そうとした。
 その腕をなんでもなくとられ、ぼやける目の穴。
 そこから薄っすらわかる銀時は、なにもない、ただ川の水をすくうような目つきでじっと覗きこんでくる。鬼の面はあってないようなものだった。そのまま腕をひかれ、雪に埋もれた階段へ一緒にハマった。はあ、はあ、と混じり合う息。知っている倍近くの時間をかけて階段をのぼらされると、どこかに入りたくて仕方のなかった鬼の眼は、どことも違う光の粒にあっさり迎え入れられた。玄関に立ったまま、それ以上は進めない鬼を振り返る銀時の、あいかわらずの目 すくった水を飲むでも捨てるでもなく、ただ覚えている。死ぬまで覚えている、という目。子供が家にいる時間帯に原っぱで鼻水を垂らしていた子だった 輪になって飯を掻き込む夕暮れに夕陽より赤い血を川に流していたバラガキだった あの頃、己を追い出し続けていた光の粒を、帰る光がある今も時々、見える。どうしようもなくて、点々と豆の散らばった廊下に目を落としていると、「俺もついさっきまで鬼……」と笑う銀時の息が近い。掴んでいるレインコートの裾からもそれが落ち、他の靴が見当たらない玄関で、ブーツから抜け出た裸足の指が、微かに割れた豆のカケラを、挟みこむ。
「あー…鉛玉を思いだすよなァ…体から抜くときがまァまァ痛い。確かにアレは錆びた棒きれしかぶらさげてねェ鬼の弱点といえる…」
 ぶつぶつと独りごちる言葉の羅列、足の指に挟まれた豆のカケラ、同じく、こちらがわかりようもない遠い過去に遡っているらしい男の、相変わらずの護る手が、間近に迫ったかと思えば、大きく広げられる。その小指の付け根にある剣ダコ・・・が鬼の裏で細めた目に焼きついて、これこそ死ぬまで覚えているかもしれない。そうして鬼の面を剥がされた土方の顔を前に、銀時は拾った豆を口へ放った。ガリッ、といった。
 内でしか、響きようのない音だった。

2018.02.03/鬼は外で生きてきた