何かが壊れた音にひきよせられて覗きこんだ台所に銀時はしゃがみこんでいて、夕方のあふれる台所でその髪は返り血みたいだった。床をふむ足の感触で、あたり一面が濡れていることに気がつく。ひっくりかえした裸足のうらに、ガラスの破片がひっついていた。シンクの端に、ぎざぎざに割れた醤油差しがあって、そこからぽたぽた墨のように降るそれが、タイルの床に赤黒い湖をつくっている。
「どれが醤油で、どれがテメェの血かわかんねえな」
 足のうらの破片を落として、ぷつりと浮かぶ血の泡をぬぐいながら高杉はいちど瞬きをした。夕方がうっとうしかったのだ。うるせえと吐いた銀時は、傷口をおさえている指のすきまからどくどくと溢れてくる赤に舌打ち、あ゛〜〜〜〜〜〜という声の苛立ちで台所の空気を濁らせる。
「血の匂いに寄ってくるってハイエナか、てめーは」
 炊飯器から丼に白米をよそおって卵を割り入れ、そこにギザギザの醤油差しを傾けた高杉は、飯を掻っこみながら銀時を見おろす。血はとまりそうにない。
「一応聞いてやる。ウマいか」
「白米に卵と醤油をぶっかけた味だな」
「あァそうだろうな」
「俺も一応聞いてやる。痛ェか」
「痛えよ。この状況で飯食えるテメェの神経がな」
「舐めてやろうか」
「……。どこを。今、勃ちそうにねえんだけど」
 ゴプゴプ指のすきまから溢れだす赤をとらえていた高杉の眼球が、ようやく銀時をとらえて瞬く睫毛に影を落とす。左手に茶碗、右手に箸をもったまま銀時の目線まで落ちてきた高杉はそこでゆっくりと丼を掻きこんだ。そうして醤油色の米粒がついた箸で、傷口をおさえている銀時の指先を挟みこんだ。高杉の箸によって掴まれた中指につられて他の指も足から剥がされていき、生々しい肉が露になる。高杉の眼前までひっぱりあげられた中指から滴る血が、醤油の湖に混じりこむ。箸に挟まれたまま生ぬるい高杉の体温に絡めとられてべったりと血の糊でひっつく手のひら同士。指のあいだに潜りこむ高杉の爪のかたちが銀時の乾いた目に映しだされる。こうなると、何もかもどうでもよくなってくる。昨日あれだけ殴っておいてまだ足りないらしい。いつのまにか足首まで伝っていく螺旋の赤が、かかとからまた醤油のように垂れ落ちていく。皮膚をひっぱりながら顔を寄せた高杉の右の目に、ぱっくりと銀時の中身がひろがる。すうっと潰れていくその眦から欲がはみだして、夕方に影を伸ばした。
「この白いの、骨か」
「高杉。お前、明日の朝飯で目玉焼きに醤油かけたら殺すぞ」
 肉の海に直接、高杉の息がかかるのが耐えられずに、ぐらりと傾く。そのまま高杉によりかかった銀時は、あとで死にたくなるとわかっていながら離れられないでいる。

2016.06.05/失踪前夜