貧血ですかい、だらしない。またもや沖田はケラケラと笑って寝返りを打った。
 うるせえ、寝不足なだけだ。立ちあがったと同時にふらついた土方の顔色は酷いものだった。連日の書類整理に終われ、ろくに寝ていないせいで目のしたが落ち窪んでいる。そのうえ土方は、どうやら腹の虫の居所の悪いらしい沖田の相手をしなければならなかった。今日の天気はだとか、隊員の色恋話だとか、今朝食べた飯の話だとかを畳にごろんと寝転がって延々と話し続ける沖田は途中これみよがしに土方の顔をチラリと見あげるのだった。その沖田の目から黒い泡がぶくぶくと湧きあがって、土方の首に絡みつく。息が詰まって目を細めようとも、沖田の身体中からその黒が押し寄せ、穴という穴をすべて塞がんとする。
 それで用件は何なんだ、絡みついてくる黒のぶくぶくを遮った土方の問いかけに、沖田はようやく身体を起こす。ああ半時程前に、近藤さんが呼んでましたぜ。土方の眉間にあからさまに皺が寄った。出かかった言葉を喉元で堪えて、「そうか、わかった」とだけ残して土方は立ちあがる。沖田は奥歯をギリリと噛み締めてから、相変わらず机に向かい仕事を続ける山崎の横顔に話し掛けた。つまんねえな野郎は。山崎は書類を揃えてから、振り向きざま「それでなくても疲れてんですから、あの人」と言った。溜息を吐いた山崎の伏せた睫毛が気に食わなかった。沖田はニヤリと笑って山崎から溢れてくる黒を見つめた。土方とはまた違う。近藤とも違う。山崎から滲み出る黒に沖田は目を細める。ぶくぶく、ぶくぶく。口の中に溢れてくるその泡をごくんと呑み込み、そのまま室から出て行った。ひとり残された山崎の背筋を這うもの。其処に沖田の叫びを感じたような気がして、そっと目を伏せた。

2008.12.07/鬼道を歩む