何度目かのまどろみから浮かびあがると土方さんはまだ映画を見ていて、それを畳から見あげながら濡れた目尻をこする。電気の点いてない部屋に滲むのは、映画からのひかりだけ。土方さんの指先には火のついたタバコが挟まってて、それが眼球すれすれのところで揺れてんので、危ねーなァ、寝返りをうった。そんなに高くない天井から蜘蛛の糸みたいに電灯の紐がのびている。こたつに突っ込んでる下半身はぬくく、飛びでている上半身はひんやりとしてる。頬になにかこびりついてるのは、柿の種だろうなァ、たぶん。さっきぶちまけたとき電気点けようとしたら、あとにしろと云われてそのままだったのを思いだした。そんなやりとりはいつもあっというまに過ぎて、一瞬前のことが先週ぐらいの感覚で、ああ、人間あした死ぬかもわからないってのに、みたいなことを時々おもう。
 頬についた柿の種をつまんで食べながら腹筋のちからで起きて、案の定、吸い殻であふれてる灰皿をもってテレビの前を横切った。その一瞬をリモコンで巻き戻してる土方さんはなぜかこの映画がお気に入りで、アホみたいに繰り返し見てはいつも微妙な目つきでエンドロールを眺めてたりするのだ。その微妙な目つきは、たまに俺を見るときのやつに限りなく近くて、なんだかなァ。


 灰皿を水にながしながら、いくつかのあかぎれがぱっくりひらいて滲んでくる痛みに、夢うつつだったあたまが少しずつ覚醒していく。冷蔵庫に貼ってるカレンダーが一月のままだったので剥がしておいた。
 二杯分のコーヒーをいれて戻ると、やっぱり土方さんはいつもの微妙な目つきでエンドロールを眺めていた。こたつに足を突っ込むまでに柿の種を三回踏んだ。むかしは休みの終わりといえばサザエさんのじゃんけんだったが、今は映画のエンドロールのあいだに、この人と飲むコーヒーである。
 となりの土方さんがあくびをこぼした。それが伝染して俺もまた涙目になる。ぼやけた瞳で、文字だけの画面をじっと辿っていると、「この映画、……なんか、お前」、と、こぼした土方さんの声が語尾でかすれた。この季節、滅多に換気をしないこの部屋はいろんなものがそこに篭もってて、息するだけで不健康な空気にみちている。コーヒーを口に含んでる土方さんのことは目のはしにとどめるだけで、画面からは逸らさぬまま「なんですか」と問うた。
「ちょっとお前っぽくねえか」
「……地味ってことですか」
「モノクロで、サイレントで、とにかく報われない」
「地味ってことでしょ、そんで、クソつまらない」
「お前、俺が見てる横でいつもそんなこと思ってたのか」
「思ってましたよ。退屈だし先は読めてるしインパクトに欠けてるし、途中でねむたくなりますし。正直、なんで土方さんがこいつを何度も見るのかまったく理解できないですね。……どこが好きなんですか」
 エンドロールはとっくに流れつきて、また巻き戻ってあたまから再生しはじめた男の地味な人生を、土方さんのまどろんだ瞳が追っかける。そこから、なんでもいいからと汲み取ろうとしたけれど、
「さァな」
 はぐらかすように笑われてしまったから、やっぱりこの映画の良さは俺にはわからぬままなんだ。

2016.02.06/モノクロ・サイレント・ラヴ