映画館へとのぼっていくエスカレーターの途中、土方さんは、あタバコ吸ってくるわ、と云った。 のぼりおえてすぐ、再び下りエスカレーターへとUターンする土方さんのあとをついていくと、土方さんは少し振り返って、不思議そうな顔をする。 べつにつきあわなくてもいいのに、とその顔が云っている。それには気づかぬふりをして、土方さんとふたり、建物の影にある喫煙所へと向かった。 風の強い日で、さらに日陰となると、身体は冷えてしかたなかった。互いに背中をまるめながら、その場で足踏みをしつつ沈黙を貫いた。 腕時計をそっと見ると上映時間はすこし過ぎていた。くそながったらしい予告が流れている頃だろう。土方さんはゆっくりと煙を肺におくりこんで、徐々にタバコを縮めていった。 ビル風で髪の毛はぐちゃぐちゃにされ、はためいている白シャツの奥で鎖骨が見えたり見えなかったりして、何処をみているのかわからない横顔はすこし寒そうで、なんだかたまらなくなった。 そのとき土方さんがこちらを見た。長い前髪から覗く眼差しが、ふっと緩くなった。それにつられてこちらも強張っていたものが緩くなる。 土方さんはタバコを揉み消して、行くか、とこちらを振り向きもせずに歩きはじめた。
お前これ何回目だっけ
5回目です
俺8回目
飽きてきましたか
とっくに飽きてるよ
エスカレーターの手摺にのせられた土方さんの手の甲にそっと触れる。だけど土方さんは気づかぬふりをしてくれた。 触れ合っている箇所が、水槽を介しているかのように冷たかった。
俺たちだけを乗せたエスカレーターが映画館へとのぼっていく。今から、俺は5回目、土方さんは8回目の、くそながたらしい予告つきのSF映画を見るのだ。
2015.08.19/とっくに飽きてるよ