お題:万事屋の冬の朝の風景






 覗きこんだ財布の小銭を、かさついた指先で掻き分けている銀時のスカジャンが風に膨らむ。足元で巻き起こった葉っぱの竜巻を横目に映して銀時は、夕飯時にテレビ中継してたフィギュアスケートを連想した、なんとなく。それを見てた新八、神楽の横顔が、四回転ジャンプでこけた映像と共に、あ〜っ!と、うるさかったのまで思い起こして鼻を啜らせた。さっきまでの、ぬくい部屋。べつに暖房とかヒーターとかないが炬燵入ったら誰も出たがらないが、こんな場所よりはマシ。
 眼前の自販機の光は百三十円で統一されてボッタクリもいいとこで、いくら掻き分けても財布の中は捨て損ねたレシートの乾いた感触の他には百二十円ポッキリしかない。十円足りない。銀時は舌打ち、がんっ、とそこに頭を打ちつけた。自販機とハグ。そこに、
「……なにしてんですか銀さん」
「とうとう無機物でもよくなったアルか」
 軽蔑な声音がかかって銀時は取り出し口に片足つっこんだ。
 咄嗟のごまかしって大概、意味わからない。
「…………なんでいんの、お前ら」
 そのまま自販機の取出口を足で探りながら呟く銀時のそれは無視で「う〜さぶ、新八、火噴きギター男しろヨ」「なんでここで怒りのデスロード?」「あ、今そこの極楽HOTEL入ってったカップルのチャラ男ギター抱えてたネ。チャンス、はいマッチ」「マジでデスロードしろってか。たしかにちょっと燃えろとか思ったけど」テンション低めのやりとりがダラダラ続く。
 はぁ〜、吐く息で自販機を曇らせてから振り返った銀時の目に映る。いつもの馴れ親しんだ顔が、ラブホ街のネオンに普通すぎるぐらいに溶け込んでいた。
「おい俺ひとりでやるから帰れっつったろうが。ガキが出歩いていい時間はとっくに過ぎてんだよ」
「ひとりで張り込んで手柄も報酬も独り占めしようったってそうはいかないですよ。浮気調査って意外と弾みますもんね。はい、お茶」
 水筒の蓋にそそがれたそこから立ちのぼる湯気に、冷えきっていた顔の皮膚がほぐされて、ついそれを受け取ってしまった銀時は光の速さで、まあいっかという目つきになった。止めてあった銀時の原付に浅くまたがって酢昆布をかじってる神楽のおろした髪や、着膨れしてる赤いどてらが空気を我が家にしている。オイてめーら、なるべく物陰いろよ色々やべーから俺が、とかなんとかぼやきながら銀時はその場にしゃがみこむ、いつのまにか新八まで腰かけちゃってる原付を揺すりながら銀時はなにやらデパートの屋上遊園地な気分だったが、あんな優しくて爛々としたネオンなんかじゃなく下品に混じりあった光にふちどられてるガキふたりの顔だった。神楽が無駄に擦ったマッチの火がふっと燃え尽きる。新八が持ってきた一個のカイロを回しながら、三人分の鼻水が汚く啜られる音。
「……はぁ〜待つだけって結構しんどいですよね。ちなみに待ち合わせの遅刻って何分まで許せます?」
「「一分」」
「はっや!しかもハモったよ!」
「「新八限定で」」
「なんでだァァアア!てかなんでそこも綺麗にハモってんの?!」
 実際、そんな気だるく寒い会話で夜明け近くまで他人のセックスが終わるのを待っていた。最後らへんは眠気を通り越して死んだ目で三人、デジカメの液晶を覗きこみ爆笑したりしていた。浮気現場などのすきまに挟みこまれる自分たちの日常を切り取ったシャッターは公私ごちゃまぜだった。こんなクソな写真いったい誰が撮ったんだという銀時の瞳で切り替わっていく写真、もはや何を見ても笑えてくる始末で白目剥いた自分たちの顔に地面叩きながら爆笑してたらターゲットがホテルからお出ましになって、しっちゃかめっちゃかだった。カメラ落としかけるわバッテリーなくなりかけてるわ。最終的に自販機の上によじのぼった銀時がなんとかファインダーに収めたが、非常に疲れた。我に返るときつい。確実にテンション狂ってた。
「う〜痛ェ、風が……」
「カイロもすっかり冷たいですね」
「定春の方がいいアル…ずっとぬくいネ」
 ふらつきながら原付を押していく帰り路、すっかり白んだネオン街を出ると遠くのターミナルが朝に飲みこまれて目映い光に潰されてるのに眩んだ銀時はふ、とそこで立ちどまった。それに振り返った、先を行く子どもふたりから吐く息が白くこぼれる。銀時の手中、バッテリーの切れたカメラのシャッターに指が、よわく、かけられていた。

それはきっと、逆光。

2017.03.12/ラブホ街