弱った坂田銀時ワンライ:救急箱






 ぶ〜らぶ〜ら。振り子みたく揺れるレジ袋。入れられるだけ詰めこんだといわんばかりのカートン(マヨボロ)で重いレジ袋を提げた土方はハエにたかられていた。血のにおいにつられて寄ってくるそれらを振り払う土方の脳裏には、テレビでよく見る青空に雲のパノラマで、ハエにたかられまくるサバンナの獣がいる・・・風呂に入り損ねた体臭は獣に近いのか、執拗に土方のあとをつけてくるその一匹が、ふいに風に流されたみたいに、ふわっと浮く神社の横手、「?」そこにある石段の闇にまぎれたハエを土方は見失う。かわりに、違う汚れが目についた。
 蜘蛛の糸…にしては太い、その煤汚れた白は、石段の上のほうから不穏に垂れてきている。土方は屈んでその端を掴むと、そこにひっつく黄色いセロファンをじっと見た。かるく、ひっぱる。上のほうで何かに絡まっている感触…に目をあげた土方はいつものごとく険しくなった。もはやこの偶然は呪いに近い。石段の途中に、たった今こけましたみたいな、よくそれで落ちないなという歪な体勢でなにかの塊が転がっている。暗くてその塊の全貌は見えない。掴んだ布の端から垂れたセロファンを、指の腹にべったりとはりつけて、それを巻き取りはじめた土方は一段、また一段と石段をのぼっていき、その塊へ近づいていった。手にくるくると巻きつけていく白い布のゴールに辿り着いて見下ろす。暗がりに混じる塊が、男の体の線になる。坂田銀時の、線になる。
 白い布はその銀時の腕から垂れていた。ほどけて、ゆるい螺旋になった白い布切れは、石段になすりつけられている髪の色とダブって土方の日常へ垂れてくる。境目から見えた傷口は再生しかかった皮膚を再度ぶつけてえぐれた色で、飲みこぼしやゲロまでついていそうな汚れ切った包帯と、じゃっかん黄色く濡れた汁・・・
「ここにいろ」
 無駄だとは思いながら包帯と同じくらい汚れた寝顔へそう声を落とす。男のまぶたの内側で眼球が動いた気がしたが気のせいにして、石段を引き返す。そのとき耳に触れたブ〜ンという羽音に振り返ると、銀時の上でぐるぐる旋回する黒い点が見えた。その羽音を耳に残しながら、路駐のパトカーからひっつかんだ救急箱をさげて戻った土方は、石段に垂れる包帯を踏みつけながら「俺は動くなっつった・・・」と、なぜか、そうなることがわかっていたような顔で呟いた。いると思うところにはいない、いないと思うところにはいる、そんな土方の思い通りにならない男は、石段をねこみたいに四つ足であがり、その先の賽銭箱の前で、あーとかうーとか言っていた。半分寝ながらも移動できる生命力に関心しながら土方は救急箱の中身をぶちまけ、そこから適当に見繕うと銀時の腕を取った。消毒液をぶっかけたら、さすがに気のせいじゃなく動く眼球。ひくりと痙攣したまぶたから、痛みを物語るような滲み方の目が、土方を映す。脱脂綿をハサミでカットして、そこにも消毒液を浸しピンセットで挟んで押しつけた。痛いと言うどころか、うんともすんともいわず、ただ土方の手先に這うだけの目
「・・・置いてけ」
 土方は顔をあげた。置いてけ?なにをいってるんだこいつはと思って凝視する。巻きはじめた新しい包帯の切れ端を掴んだまま、どこを見ているのかわからない銀時の遠い、それはもう遠くサバンナにいる獣に近いこの世の地獄の目で、土方を、土方というより、今目の前に生きる誰かをただ生かそうとする目で再度、置いてけよ・・とよわよわしく吐き捨てた。途中からこんがらがって気づいたら腕どころか顔面にまでぐるぐる及んでしまっている包帯に埋もれて目しかわからず。そこにいるはずの銀時を探す土方の、途方もない呟き。
「テメーは今どこにいる・・・」

2018.01.30/救急箱