「お前なんで首輪してんの?」
目覚めてすぐの言葉がそれだった。
「テメェが俺を犬と思い込んでた」
そう返す土方の首を一周しているものを爪でなぞってカリカリやっている坂田は、いくことなく朝を迎えた顔だった。土方も同じだった。互いの履いているパンツが逆なのが意味がわからない。とりあえず履き替える?と云って脱ぎかかる坂田の太股を土方の手が掴む。坂田が土方を見た。
「ノーパンの方がマシだ」
「どういう意味だコラ」
そうこうしているうちに手足の末端が冷たくなってきたので、そばのヒーターをつけて、ひとつしかない毛布をひっぱりあった末、じょりじょりの脛毛が絡まりあうことになった。土方の喉仏を隠している邪魔なベルトを坂田が軽く引っ張ると、ぐえっと舌が覗いた。咳き込む土方のツバを顔面にぬるく浴びて、俺の飲んでなかった?と手の甲でゴシゴシぬぐう坂田は、昨日泥酔でむちゃくちゃになっていて、土方にとってはちょうどよかった。痛さだけを追いかけてアブノーマルな行為に耽り、どこからか記憶が飛んでいるものの、コレをつけられたとき絞まる首に熱い唇が降ってきて啄むように吸われた覚えがある。性欲という嵐が残した、痕だらけの体を土方はゆっくりと起こす。
「冷蔵庫見たけど、あんだけの卵、何に使うわけ」
浴槽に溜まりきっていないうちから湯に浸かり、足首から腰、腰から背、背から肩、と次第に増えてくる熱は、かえってのぼせやすい。
「卵切らすと不安になるって、山崎が」
「あぁ……」
湯気でぼやけた銀髪がふっと落ち、土方の鎖骨に吸いついた。おい、という手首はやんわりと掴まれ、「あー……、首輪が邪魔」とのぼってきた手に声も封じられ、土方は眉をひそめた。
自分でつけといて、何を。
動きを封じられた状態で再び中を隙間なく坂田で埋められ、湯が波打った。昨日いけなかったよな、とわざわざ確かめにくる坂田に、土方は乱された息を整える。てめえが縛るから。そう舌打ちで返した土方の湿った髪に手を差し入れたまま、もう片方の手でいじくっている首輪に、坂田はふと思う。
「この家、なんで首輪あんの」
「昔俺が飼ってた犬の形見です」
前触れなく開いた扉から地味な顔がぬっと覗き、同時にびくっと肩が跳ねる。
「その思い出の品をアンタら……」
急に入ってきた陰気な風に熱を冷まされた坂田と土方は、
「……お前、出張は」
「一日早く終わったんで」
「おい今、犬の形見って言った?」
「はい。雑種で、名前はあんぱん」
「ぶっ」
「土方さん、今笑いました?」
「おい笑うな、まだ挿入ってんだから、俺にまで響く、ぐふっ……」
「…………あーあ!あ〜〜あ!こっちは直帰したいところを!あんたらに土産買うために回り道したり!今だって帰ったら!部屋の中が大惨事だから!風呂で死んでんじゃないかと思って!心配で飛んできたっつうのに!」
さすがに笑いをひっこめて、ふたりして黙ったのだが、数秒後、目の前の背広からニンニクの匂いがすることに気づいて湯船の中で溜めた水鉄砲を、地味な顔・山崎めがけて飛ばす。
結局またイケないまま風呂からあがると、すっかり部屋は片付いていて、
「お前、ラブホの清掃員になれば」
冷蔵庫から卵を取り出す山崎の背中に、坂田は投げかける。そこからなんだかんだと朝食をつくりはじめた器用ふたりに台所から追いだされた土方はひとり食卓に座り、山崎が買ってきたという数種類の土産を見た。アンテナショップで買った匂いがぷんぷんするな、と突いた肘を崩す。そこにアホかというほどの卵料理を次々と並べられ、土方はそのふんわりと柔らかい黄色を見つめた。それらすべてのマヨネーズをぶっかけて食べている土方を見て、
「「犬の餌」」
見事にハモった坂田と山崎は、互いを可哀想なものを見る目で見た。そんな彼らに挟まれながら土方は、自分のことは差し置いて、こいつらどっちも一人で死んでいきそうだなと、つくづく思うのだった。
2016.05.08/首輪