脇腹から溢れだす血の止め方がわからない。
表皮だけ削がれ続けた。スタンガンで焼かれた。
削ぐのと焼かれるの繰り返し。どうせなら焼きで終わってほしかった。それなら少なくとも血は止まったと朦朧と霞む視界を鮮血の陽でいっぱいにしながら思う。
……陽?
まだ日は沈んでいないのか。さっきも夕方で、今も夕方だった。頭がおかしくなったか。随分長く感じたあの時間は数分に過ぎなかったのか。それとも血をだしすぎて視界まで赤く染まったか。どちらにしても、日は長くなった。夏が来る。さっきから同じ道を歩きまわっている。脇腹をおさえている指の隙間から滲みだす。何度目かの角を曲がる。確かにここに駐めたのに、どこにも車は見当たらない。キーホルダーのイチゴ牛乳だけがバカみたいにぶらぶら揺れた。周回すること数回目で立ちどまる。目印だった、電柱の根本に咲いたクローバーを眼の下に見て、風にばらつくその三枚の葉に、どっと力が抜けた。
「やられた」
ここに駐めてあった車がない。
似た道だらけの路地で、クローバーはここにしかない。
車を、盗られた。その場にしゃがみこみたくなる地面が、ぐにゃり歪む。手に握りしめた車のキーだけが残った。そこにつけたキーホルダーの、虚しい揺れ。
「次は、ねぐらがバレる…」
その前に荷物をまとめて、この町を出る。行くぞ、と振り向いた。
振り向いたそこに、荒い息で立っている。
その手から吸い殻が落ち、道に落ちる影は濃く、今日の命が沈みきる。
風に煽られる髪に、ちらつく黒い瞳が、自分だけを吸って、かすれる。
さっき、暴れまわる血の空間で、
歯の隙間から漏れる笑いの息を、感じた。多勢でこられて身動きができなくなっても、その獣の息だけは這いまわる。拷問みたいな痛みの波の中にも、その息はあり続ける。地獄に手を掴まれながら、うるさく、ずっと自分の近くを、這っていた。
振り向きざまにかかる息が、こちらの血を巡る。
吹く風と一緒に伸びてきた手に、触られる。
頬の傷の血をすくうように撫ぜられ、息が漏れた。思わず掴んだ手首はびくともせず、離れない。これまで何発も自分を殴ってきた拳が今はひらいて、頬をじっとり熱くする。握る手首に力をこめたそこから、ぼとぼと血が垂れていく。
「血が足んねェ…」
目の前で流れる血に、口が開いた。
近すぎて、目の前の顔が滲む。
手前が滲む分、まだ落ちない日の血に染まった。
全身が渇く。ぶつかる息が混じり合う。
刹那、自分を呼ぶ声が頭蓋に響き、足りないからと肺いっぱいに吸いこんだ息で余計に溺れた。溺れて、もがく眼に、滲む。すぐにでも殴れる距離にいる。欠けていく意識のふちで噛まれた舌が、血生臭えと蠢いたのを最後に、視界は切れた。