道が星みたいに流れていく。吐く寸前の銀時を察して高杉の手がパワーウインドウに伸びた。頭を擦りつけていた窓ガラスが急に開いて、ずり落ちる。吹きこんできた風に鼻血が乾いていく。バックミラーにしつこく貼りついていたセダンが一瞬途絶えた。直角にハンドルを切る高杉の鼻歌はこのまま海にでも連れて行ってくれそうだったが、実際行き着いたのは人んちのガレージだった。エンジンもライトも切った闇が自分たちの息にこもる。直後、爆音で駆け抜けていったセダンのぎらついたライトがバカみたいだった。そいつが残像で散ってから銀時は転げるように車から出て、手をついてしゃがみこんだ。こみあげてくる胃液を食道に押し返す。みぞおち焼けそー……ツバにまみれた掌の皮がずりむけ肉が見えていた。ウィスキーが胃を泳いで真っ直ぐ走れなかった路地や急発進した車に乗り損ねてズルズル擦られた地面が今になって痛みだす。その背中に高杉の笑いが降った。吐くほどよかったか? よくねーよ!! 高杉が便所に立った隙に注文した酒を煽りまくって帰りの運転を押し付けたツケが胃を回って酸になる。何度目かの嘔吐の波に立ち上がった銀時はふらふらガレージを飛び出した。吸って吐く夜気に風が混じる。寝静まった住宅街の脈拍がする。胃酸のエレベーターが完全停止するまで知らない住宅街の知らない寝息を吸った。ガレージを拝借中の、ゆきずりの家を振り仰ぐ。二階の物干しに布団が見える。変色して傷んだ綿が風に舞っている。日光や風雨にさらされ続けた果ての色。目線を下げ、ローマ字でアミノと書かれた表札を見る。その下の郵便受けはチラシを突っ込まれ過ぎて窒息していた。吐きそう。殴られたり蹴られたり酔い潰れたりの半生が酸っぱくこみあげる。そのほとんどの元凶・高杉にゲロをぶちまけたくなり車に戻った。バンパーの凹みに目がいった。やっぱおかまされてたなと舌打ちながら開けっぱなしのドアからペットボトルを掴む。今朝、公園の水道でついできた水は、その瞬間の日差しをこめたような、ぬるい味がする。それを口に溜めた胃酸とミックスさせながら高杉に目を定めるとシートを限界まで倒して寝こけていた。一日十回ぐらい湧く高杉への殺意(これでも減った。前は百回あった)を一回分消費する。せっかく溜めたゲロを飲みこみ高杉を蹴った。げしげし蹴った。おいアミノさんの代わりに俺が通報してやろうか? 胸ぐらを掴んで揺する銀時が、高杉の目に薄っすら映る。まぶたに重りでもついてんのかと思う開き加減で、アミノ酸……?と聞いてきた。ここの住人だよ、行方不明だけど多分。じゃあ俺らと同じか、と寝言みたいなことを言って、胸ぐらを掴む銀時の手を握ったまま高杉は再び落ちていった。引き剥がそうとしても離れなかった。道連れかよ。握られた手首の脈拍がどくどく打っている。そのままシートに倒れて世界を閉じた。アミノ酸ちのガレージで。今日も二人終わっていく。
2024.06.09/今日も二人