畳の冷たさを知った。薄く開けられた襖の隙間から夜風が入り込み、沖田の体温は急速に低下していく。しかし沖田は身動きひとつせず畳に転がったままであった。手のひらでまぶたをおさえていたが落ち着かず、身体を横向きにして薄っすらと目を開けた。光が眼球を刺す。畳目がちかちかと瞬いた。転がした腕の先に文櫃が蓋の開いた状態で在る。その中身は半紙の束であった。書きかけの文束ばかりである。沖田は指先を伸ばし文櫃を引き寄せた。折り畳まれた半紙の表面を撫ぜると何処かに閉まったはずの闇意識がずるずると溢れてくるようで、ぐしゃりと握りつぶした。自身が墨で書き連ねた文字が透けて見えている。燃やしてしまおうと思った。
庭に出て、文櫃を逆さまにして中の文束を出した。マッチを擦り、一枚の紙に近づけると端から炎が移っていった。紙が黒いカスとなって散っていく。そうして沖田は一枚ずつ燃やしていった。縮んで黒くなったものが足元に積もっていく。
最後の一枚となったとき、ふわりと手の甲に何かが滲んだ。見上げると白く発光したものが沖田の視界に映った。案の定雪が降ってきたのだった。牡丹雪だったので積もるだろうと思った。そのとき耳奥で何かが響いて、沖田は思わず振り向いた。そこには見慣れた屯所の庭があるだけで、何もなかった。あんたがた何処さ、という唄声が鼓膜を叩いている。ぽおん、ぽおん、と鞠をつく音が脳髄を埋め尽くしている。沖田は白い息を散りばめ周囲を見渡した後、握り締めた文を開いてみた。折り目の所に枯れた花弁らしきものが挟まれていた。それを指で摘み、鼻先に持っていく。何の匂いもなくかさりと鳴るのみだった。それを紙ごと燃やした。墨で書かれた文字がじわじわと失われていくのを眺めた。最後の一文字が消えるのを待って沖田はそれを下駄ですり潰した。灰となった紙片が黒く縮まり揺れている。帰る場所など何処にもないのだと思った。雪片が沖田の髪に溶けていった。
拝啓
早春の候。日ごと春めいてまいりましたが、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。僕は相変わらず剣の道に勤しんでいます。寒い日などは竹刀を持つのも一苦労でした。そうそう、一度近藤さんが廊下で滑ってこけちゃったんですよ。頭にでっかいたんこぶをつくったりして。今じゃ屯所での笑い話になっていますけどね。
武州ではきっと今年も雪が積もったのでしょうね。近頃、武州で過ごした日々のことをよく思い出します。道場に通い詰めたことや、僕が木登りしているときに落ちて姉上に迷惑をかけたこと、皆で年越し蕎麦を食べたこと、
僕のやぶけた袴を縫い直してくれたこともありました。そして雪の日に姉上がひとり鞠をついていたこと。あのときの、ぽおんぽおんという音が時々今も耳の奥に響いてくるのです。
武州に比べ、此方では桜をあまり見ません。しかし屯所の庭に立派な桜の木があって、それは現在見事に咲いています。でも僕は武州の美しい桜を姉上と眺めている方が好きだなあ。いつか必ずまた実現できる日を願って、屯所の桜の花弁を挟んでおきます。姉上の元に届くまでにこの花弁がどうか枯れませんように。
それでは、また。お元気で。僕は姉上の幸せをいつも想っています。 三月廿日 総悟 姉上様
2011.01.03/ふみがら