うどんにしようか蕎麦にしようかと吟味しているところへ通りかかった山崎に蕎麦をむりやり選ばせて「俺がうどんに飽きたら交換な」「そこは普通、半分こじゃないんですか」という会話をしながらセルフの水をコップにそそぎいれていた坂田は「お前ってそういう半分ことか好きそうだな。付き合った相手にもすぐそういうの求めそう、なんなら土方も半分こにする?」そんな冗談を吐く。三人分のコップにそそがれていく水をぼんやり見ていた山崎は、なんか平日ってかんじしないな…、なんて平和な思考にふってきた悪質な冗談に、まぶたをあげた。西側のガラスからそそぐ陽光でとけてる坂田の横顔にハ、と笑う。そのマッドな独占欲でよく言うよとトレイをもつ手に力をこめたら、キツネがつゆに浸かった。そこにコップをのせられ、重みが増したそれのバランスを保ちながら、土方どこだ、と探す坂田と同じように山崎も視線を彷徨わせ、ほぼ同時にあの黒髪を西日のなかに見つける。

「……ないわ」
 露骨にかおをゆがめた坂田の眼前で、ぐつぐつとソースを沸騰させているステーキに土方はナイフを刺しいれる。めくったシャツの袖、そこから伸びた腕がナイフを動かすたび、となりの山崎にすこし当たって、なんでこういうとき土方のとなりを選んで座らないのか、と向かいでのんきに箸を鳴らしてる男への疑問。
「昨晩、なに食ったよお前」
「焼肉だろ。なんだテメェ、もうボケがはじまったか」
「ボケはテメーだ!!なんでタベホ行った翌日に選ぶのがそれだよ!!」
「土方さん結構がっつり派ですもんね」
 みっつのトレイの角がときどきぶつかってコップの水がゆれるなかで、平日にしてはあいまいな何かがそこに染みこんでいくのを蕎麦といっしょにずるっと啜る。ちかくで子どもが泣きだして、ちらとそちらにやった視線をもどしてから「土日はここもぎっしりなんだろうな」と土方がポテトにフォークを突き刺す。そのくちびるの端っこについたソースが坂田の瞳に映るのが、山崎にはわかった。さっきから箸にうどんをひっかけたまま、口にもっていこうとしないで、このあとふたりになる口実でも考えてるんだろう、たぶん。そろそろ交換します?と山崎がせいろを差しだしたら、あァ、と思いだしたように箸にひっかかってたうどんをそこに落としてから突き出す。それを見ていた土方が、「半分こて、小学生かよ」と呆れたように水を口にふくみ、うすいコップのふちにさっきのソースがうっすらとついた。
「半分こじゃねーよ、俺がうどんに飽きたら」
「飽きたら」
 なにげなくそこだけ復唱されて坂田は急に言葉をつぐみ、ぐらり土方にその眼差しが向いてゆれる瞳。
「……いや、やっぱいいわ、うどんで」
 いったん差し出した鉢を自分のほうへ引き戻してから、またうどんを啜りはじめた坂田はこちら側につむじを向けたまま、あー、とか、はァ、とかいう声をときどき漏らしてなにかと葛藤しているようだった。その意味をひとり知っている山崎はうすく笑ったくちびるを蕎麦につけながら、いつのまにか泣きやんでいる子どもの、頬についた涙の痕に目を細めた。タバコ吸ってくる、と立ちあがった土方の気配がそばでゆれて、陽を遮るものがなくなったから急にまぶしい。
 肘をついて爪楊枝で歯のすきまのネギをとってた坂田に、「お前のツラ、地味に腹立つな」とむちゃくちゃなイチャモンで蹴られた足にもじんわりとぬるい熱が溜まっていて、フードコートという場所はそういうぬくもりが日常に落ちていることを確かめさせてくれる。さっき土方のくちびるのソースに少しだけ色のついた欲をちらつかせていた坂田は今はちかくでハンバーガーをかじってる家族づれと同じような空気で、「うわ、いま女の腰にヒモつけて歩いてるヤツいたぞ」とかどうでもいいはなしでガラスを指さした。そんなことよりアンタ、ふたりになる口実はいいんですか、今ならいけんのに、と呆れながら、「それ沖田さんなんじゃないですか」と適当に返したら、かなりひいた目をした坂田が、「……お前、意外と言葉攻めとかするタイプ?」と話の繋がりがさっぱり見えない返しをしてきてハァ?となってるところへ土方が戻ってくる、さっそく「今こいつ沖田くんの悪口いったよ」なんて報告される平日、フードコート、西日。

2015.12.10/平日のフードコートで