座りたいときに限って見つからない。最後に座ったのはいつだったか沖田は考える。朝の食堂だ。箸を落とした。座ったまま頭を机の下に潜らせた。臭い足が何本も貧乏揺すりで波打ち、ばらつく。頭打つなよ、と通りざまの声がかかった。あれから座ってない。たちっぱなしだ、と呟くと、コンクリの血を水で流していた山崎がぎょっと沖田を振り返る。俺は抜けると云い、歩き出す。えっ抜ッ……!?の山崎は置き去った。人波を抜け、団子屋へ。いつもガラ空きの縁台は埋まっていた。ばたつく子供の短い足を横目に沖田は過ぎた。公園のベンチの前に立つ。ペンキ塗りたての張り紙が風にばたついている。ためしに指でなぞると、べっとりついた。バス停にたまたま止まったバスを見上げる。ぴったり満席だった。発車。持つ者のいない吊革が、ばらついた。デパートの各階を回る。休憩所、喫煙所、座れそうな所はすべて誰かいる。埋まっている。手すりから吹き抜けを覗きこむ。展示物の巨大なバルーンが、フヨフヨばらついた。もういっそ地面に座ろうか。沖田の眼下で、大量の蟻が蠢く。生ゴミの上にばらつく黒にしゃがみかけた沖田はふと横を見た。生臭い風。路地裏の奥にばらつく闇を探る。誰かの眼の奥に似た闇だった。沖田は路地に入った。人波から、じめつく路地の眼の奥に向かって歩く。あった、と沖田が呟いた。まっすぐそれに向かっていった。アーやっと座れる。脱力した沖田が腰をおろす。ウ゛ッとクッションが鳴いた。座高が低い。クッションに手をつき、高くなった空を仰ぐ。一番星。
「……総、悟」
沖田の下で、クッションが波打った。星がぶれる。
「おい、死ぬ……」
「アレ椅子が喋った」
「誰が椅子だ」
なんだ土方さんでしたか。どうりで座り心地が悪いはずでさァ。朝からたちっぱなしの体が休まるどころか痛くてかなわねェ。人を楽にするのが椅子でしょう。ちょっとでいいんで息すんのやめません? やなこった、と短く刺さる嗄れ声はそのままヒューヒュー寝息になった。汚くばらつく土方の息を移される。沖田は携帯を操作し耳に押し当てた。「処理班よこせ。あァ、判子屋の道筋……」と送話口に吹き込む沖田は座っているにも関わらず、土方の息がある限り、永遠に楽にならない。
2020.08.30/不揃いの椅子