あ、結婚式。と呟くその口がフランクフルトをかじりとるのと同時、背後でわっと歓声があがった。つられて振り返った土方の目に、風に膨らむ純白のドレスが映しだされる。その間も横から押しつけられる齧りかけのフランクフルトを、いらねェ、と言って避けた顔にべっとりとマスタードをつけられて若干イラつきながらもなんとなく目の前の風景から離れられずにいる土方は、花嫁の胸元にあるふわふわとした雲のような塊を見て、なんか見たことあんなアレ…と目を細めた。
「どれ」
咀嚼音の合間に置かれた手がすぐそばの男の温度を肩にひろげて、目のはしにちらつく白い髪と遠くのあれとが重なる。
「何、昔寝た女とか」
「ちげえ、あのブーケの、」と言いかけて思いあたった花の名はたしかに昔の女に繋がるものだった。痛みをやわらげるためにその花の根を乾燥させたものを煎じてよく飲ませていた。気休めにもならないそれをひとくち含んだあと青白い顔でやわらかくよわめられた女のまなじり。
そんな遠い過去がよぎった土方の眼中に舞いあがった白い花は陽を浴びて刹那、ぎらりと反射する。そこから回転して落ちてくるそれは、青空に向かって伸ばされた沢山の手を素通りして土方の眼にまっすぐ迫ってきた。え。と思う間もなく地面に落ちそうになるその白を咄嗟にすくいあげてしまった土方は、無数の視線が自分に向かって集まるのを肌で感じて硬直する。顔をあげられないでいるところに耳元で男が、「おめでとう」とまるで他人事の台詞を吐くのに殺意をおぼえ、そのあとの帰り道で「未婚女たちのバッシングを受けるどころかテメェのツラ見た途端、どうぞ幸せになってください(はあと)だもんな」と呟く男のとなりでいらない花束を抱えて視線を痛く浴び続けるバスは窓を全部割りたくなり、その延長でしょうもない喧嘩がはじまった挙句の罵り合いになって、バスを降りた直後、土方は持っていたブーケで思いっきり眼前の男をぶったのだった。
「……ってェな」
頬に走った赤い線をぬぐった男が、
「幸せのシンボルで殴るか普通」
と吐きだして、白い髪のあわいから薄っすら笑った目を向けてくる。
手元からはらりと落ちていく花びらを目にして土方は、うるせえと唾を吐いた。
あと百発は殴ってやりたかった。
2016.09.04/ブーケで殴る