濡れた手でスマホの振動を掴んだまま、土方は行間を彷徨っている。どこまで読んだか何度も見失いながら時々、息を思いだすかのような咥え煙草の燃焼。片手で支えている古本のノドが反って糊の剥がれる音がする。同時に文庫から目を剥がした土方は喉を反って天井を仰いだ。淡く渦巻く湯気の光に呆けていると、唐突に浴室の扉が開く。そこには金時がげっそりと立っていた。夜より暗い眼つきで朝より明るい金髪を振り撒く男に、土方は肺に溜まった煙を吐きだす。その金時の耳から離れたスマホの光が失せると同時、土方のスマホの振動もやむ。無言の金時がスーツを脱ぎ始め、土方は読み終わらなかった文庫を閉じる。金時が次々と身に纏っているものを脱いでいく衣擦れの音がする。指から抜かれたリングの、手首から離れた時計の、軟骨から外れたピアスの光が重く鈍い。丸裸になった金時の乾いた裸足がタイルを踏んでペチャという。バスタブを跨いだ体が土方の至るところを擦りながら入ってくる。凭れかかってくる背中からする女の匂いに土方の煙草は燃えた。甘い香水の奥で蠢く女の匂いだ。壁掛け灰皿に突っ込んでいた箱とライターを取ったあと同じく燃やされかけた金時の煙草は途中で湯に沈められた。「疲れた」と吐く煙が土方にかかる。
「今日が終わらない。毎日が地続きで、途切れが無い。昨日も明日もなく、ずうっと今日だ。気づいたら夜になってて、また朝日を拝んでる。どこまでいっても同じ頁をめくってるようで、怖くなってくる。終わりはまだか?っていう」
肌になすりつけられる金髪を土方は感じる。目を閉じていようが眩しいそれは、闇よりも何も見えない気がする。
土方は告げた。「もうすぐ終わる」
金時の喉が反って笑う音がする。
「それって、お前の読みかけの本の話?」
2025.05.15/朝風呂