女のヒステリーはこわい。いま真冬の凍てつくベランダに締め出されてつくづく。運よくたまたまポケットにはいってた携帯をひらいた坂田は残量10%という現実に、あ、やべェとなって、適当にかけた、高杉に。10%で伝えられることなんてろくなもんじゃない。「あの差し歯の女に、ベランダ締め出さ、」で、切れた。終了。もはや差し歯女のヒステリーが冷めるのを待つしかない身。せめて靴下がほしい。雪がボタンになってきてる。なんかねえかと探したところで、あるのは室外機にかぶせてあったゴミ袋と、冷蔵庫に入りきらない野菜をくるんだ新聞紙くらいのもんで、けっきょく坂田の身体はそれらに包まれることとなった。こんなまぬけな死に方があるか?あるよな、おおいにある、こないだだってバカが銭湯で石鹸につまずいて生死の境を彷徨ってたし。ゴミ袋からはなにやらカビのにおいがした。歌でも歌いたい気分だ。♪あんあんあん、とってもだいすき〜と白い息とばしながら鼻すすってると、どっからか香ばしいやつもただよってくる。これはなんだヤキソバ?坂田の腹が、夕飯食い損ねたことをまざまざと思いだしてギュルっと鳴いた。遠くで瞬いてるアレは一番星か?と思ったらのろのろと移動しているので飛行機。信号機が赤から青に変わるときのひかりの滲みかたに目がゆるっと濡れる。電源の落ちた携帯の液晶はボタン雪でびちょびちょだった。カサカサはためく新聞紙とゴミ袋のなかで、どのくらいそうしていたのか、つまさきに感覚がなくなってきたころ、普段となんら変わらぬ足取りで高杉がやってきた。もぐもぐその口が動いてる。「なに食ってる」という坂田の声は、すっかり、かじかんでしまっている。「肉まん」、と高杉は答えた。おいおい冬のスタンダード。ぺり、と紙を剥がしている高杉のすがたは、ナナメに吹く雪にところどころ遮られた。「銀時」、みじかく呼ばれて坂田は目を凝らす。うっすらと笑ってみえるようなそうでないような。
「飛び降りたら受けとめてやるよ」
絶対うそだろ、と、うっすらとした思考で返しながら、坂田はとくに躊躇なく手すりを跨いだ。ゆびさきに感覚がない。手すりを握っているのかどうかもわからない。はー、と吐きだした息は、すぐに雪と見分けがつかなくなった。まっしろけのなかに見える黒髪をじっと見おろす。一瞬だけ、目が合った。そうして、そのまま、とん、と空中へ踏みだした。がくん、とぶれる視界。あー……やっぱ、あんまんにしよう。
2015.10.30/骨折あんまんエンド