お題:現パロ阿伏兎






 空きっ腹は思考をいささか暴力的にする。飯を食いっぱぐれてぶらつくシャッター街の中、一軒だけ開いてそうな開いてなさそうな定食屋を覗いて、ちょうど洗い場に見えたおばちゃんに「やってる?」と聞いたら当たりだった。千円札でメインの一皿と小鉢三皿を選んで、ごはんと味噌汁付き。鯖の塩焼きにコロッケ納豆たまご焼きをたいして迷うことなく取って奥の座席に着く。他に客などいなかろうと思ったが、いかにも休日な空気の男ふたり連れが先客としていた。そのうちのどちらかが吸ってる煙草で煙たい中、コッチはひとり味噌汁を啜りながら背後で繰り広げられる「死ぬまでにこの世の体位ぜんぶ試したくね?」「ひとりでやってろ」「いやスーパーマンっつ〜体位があってさァ…」「ふ、……黙れバカ」「お前、今、笑わなかった?何想像したの?スーパーマンで?」なんて会話に意識を傾けちゃっている。どういう会話だ。肩越しにちょっと振り向くと両手をもちあげて万歳してる銀髪の男が見えた、なるほどスーパーマンね……。
 くぁ〜なんか平和な日曜の昼下がりってかんじだ、もう夕方だけど。とかなんとか欠伸で目尻濡らしてたら、そこへ携帯電話が高らかに着信を鳴らした。
♪ラララ〜ラララ〜ズィンゲンズィンゲン
 ほ〜ら、人が平和を感じはじめたらいつもこれだ。
 納豆をまぜっかえす手をとめて味噌汁をちゃぷちゃぷ波打たせてる携帯の振動をじっと見る。
「おい後ろの人、着信音がフランダースの犬…」
「……」
「…何、涙ぐんでんのお前」
「うるせえ条件反射だ、ズッ」
「……。いやでも早く出てくんねえとだんだん脳内が侵されはじめてきたよアレに。帰っていざスーパーマン体位に挑もうって時まで♪ラララ〜ラララ〜ズィングゲン…が離れなかったらどうしてくれんだ」
「ぶっ…やめろテメェ」
 背後の会話だけがひどく楽しげというか呑気というか。携帯に手を伸ばして画面を覗きこめばなんとテレビ電話。混ぜていた納豆をコロッケにかけながら、とっても出たくないけど出てもいいことひとつもないけど泣く泣く通話アイコンを押す。途端に画面いっぱいの笑顔。クソがつく笑顔笑顔笑顔。こりゃホラーだ。
「やっほ〜阿伏兎。今どこ?」
 ひらひらと振られる手の軌道があかい。バックが夕焼けだから?それもおおいにあるが、それだけじゃない赤に濡れた手がかるく頬を掻いて、そっちにまでべっとり移って、もっとホラーになった。ホラーっていうか火サス。今日は日曜のはずだが。
 とくに眩しいというわけでもないのに眼の底が痛くなり、届くはずのない夕焼けがこちらまで突き抜けた気がする。画面越し、振られていた手がとまった途端、ぶらんと気持ち悪く揺れた。電波が悪いのか一挙一動がちょっと遅れ気味に伝わる。僅かな時差。
「ちょ〜っと今いるとこ電波が悪いのか全体的に血みどろに見えるわ。アンタの手首もぶらぶらに見えるわ。かけ直した方がいいんじゃないかな〜」
「大丈夫大丈夫。こっちにはお前がコロッケに納豆かけてるのまでハッキリ映ってるよ。糞マズそう」
「…………」
「いや〜、ついはしゃいじゃってさ、ここ、もう少しで阿伏兎とお揃いになっちゃうとこだったよ」
 ぶらんぶらんと定まらない手首を、もう片方で支えながら笑ってる。今度は一体どんなはしゃぎ方したってんだ。ようやく血の匂いがとれてきたってのにまたファブリーズな朝からはじまる俺の日々か。どこか他人事に明日を思う。いつだって明日は他人事だ。そうして今日だけを生き延びてきた。箸先を口に運びながら義手の指で画面を弾く。夕日に浸かってる男の、それと違わない髪の色、跳ねた影がアホっぽい。
「……んとこ…くよ」
「んっ?やっぱ電波悪ィな、聞こえなかった」
 ほんとに乱れはじめた映像の、笑顔だけが波打って、どうせろくなこと言ってねェんだろうが。いつのまにか背後のあいつらも帰ったらしく静かなもんだった、今夜はスーパーマンな合体でもして楽しむのかねえ、と呟いたら「スーパーマン?たしかに阿伏兎、似合いそうだね、あのコスチューム。怪力だしなかなか死なないし」変なとこだけ聞き取って変な話へぶっとんだ。それはソッチだろ、と心中ツッコミつつ、あまりのくだらなさになんだか笑けてきちゃったよ。
「あ〜なんせ赤い太陽が弱点だしな」
 クソな笑顔のそのうしろ、今日の赤がもう沈む。

2017.03.02/赤い太陽