死に際の男が海に向かって投げ捨てた何かを追って、土方は走り出す。波打ち際を走るなんて青春みてえだと沖田は呑気に言って、刀を振った。大分目が慣れてきたとはいえ闇を直感で斬った首に、しゃがんで指を当てる。脈を探りながら土方の方を見ると、浅瀬を手探りで掻き回す荒い息が波に混じって聞こえた。完全に止まった頸動脈から剥がした指に、ぬるぬると感じる温かな血を海水で洗いにいく。ありました? 膝下まで浸かった土方が、ああと振り向いてコチラに来る。近づいてくる血まみれの鬼の形相に向けて、沖田は携帯のシャッターを切った。刹那のフラッシュ。一瞬写った鬼の副長。ウケる。奪われそうになるのを避けて携帯を弄り、副長は無事というタイトルで一斉送信した。盛大に溜息を吐き出した土方が海水で顔をバシャバシャ洗っている。戻るぞと言って浅瀬から上がった土方のあとに続きながら、沖田は海を振り返った。闇で打ち寄せる轟音。ぶるりと震えた携帯を開くと続々と返信があった。ホラーですか? 怖ッ。 どこが無事? トシィィイイ……
 道路脇に停めてあったパトカーに乗り込む。サイドミラーに映る月に見られている。後部座席からノートパソコンを引っ掴んで膝の上で開いた土方の手にはUSBがあった。四角い形、砂の張り付いたプラスチックの継ぎ目。浅瀬から救い出したやつだ。海水を含んだそいつを雑に拭って端子に挿し込むと、液晶が青白い光を放つ。USB生きてますね。すぐ拾いに行った犬…土方さんのお手柄だ。誰が犬だと舌打った土方が、画面にあらわれたデバイス名「REC_0721」にカーソルを持っていく。
 再生。
 暫くの無音。
 やはり死んでたか?となった頃、スピーカーからジジ…と、ざらついた音が漏れはじめた。最初のうちは瀕死の油蝉っぽいノイズが続き、そこから徐々に形を帯び始めたそれが車内の空気を変える。
 喘ぎ声だ。明らかにヤッている。
 ハメ撮りならぬハメ録音、そのボリュームを沖田は上げた。土方も黙って窓を閉め、音の逃げ場をなくす。空調の音も邪魔で切った。一気に湿度が増した密室で、車内にこもる性交の声に耳を凝らす。
 テンポとリズムがわずかにずれている。
 女の声の裏で、微かに別の周波を拾う。波の凹凸を噛み合わせることで上手く紛れているが、時折挟まる音の歪みが不自然だ。
 二重記録だな、と土方が言った。
 一応最後まで聞いて鑑識に回す、と言う土方に沖田は、最後までって何時間もヤッてたらどうします?と聞いた。暑さでコッチが先に逝っちまいやすよ窓開けていいですか? やめろ我慢して聞け、こんなもんすぐ終わるだろ普通。へぇ土方さんの普通は早ェんですね、へぇ〜……ハメ音声に耳を侵されながら交わすこの会話も沖田の頭の中で二重になっていく。横目に見た土方の血に蒸れた首筋と、遠い夏に見た姉の細い首筋がダブってブレる。どす黒い底の闇を隠すため、絶えず浅瀬を掻き回す。俺もこの喘ぎみてえなもんだ、と暑さで茹だった頭が言う。
 沖田は黒い海に目をやった。
 声だけでもハメる瞬間って、わかるもんですね。
2025.07.20/喘ぎ