お題:宇宙距離の銀神






 カップ麺のフタが煽られる。その捲れあがったり閉じたりする半分の隙間に指をいれて、中の乾いた塊をざらりと撫ぜた。少しの力を加えるだけで欠け落ちて粉になったそれが指先から空中に流れ出て、この星の土と混じりあって風になる。さっきからずっと火で焙っていたビニール袋の中の水が泡を生みはじめた。手に握っているビニールの口のねじれをじっと見おろす。ふつふつと水面に浮かびあがる泡が、轟音の風の中にある。火と水と風を視界に置いて、腹の虫は鳴り続ける。やかんの音が耳の奥にある。懐かしい部屋の臭いが鼻にくる。沸騰を知らせる、やかんのピー音の中、誰が湯を取りにいくかを言い争う、だらけた空気。再度、腹の虫が鳴る。瞬きで切り取る目の前は、ただの砂のパノラマだ。なにもない。しつこく沸騰を知らせるどこか切ないピー音も、言い争う声も、部屋の陽射しも、どっかにいった。火と水と土とカップ麺だけ。風が目を流れる。遠い星。溶けそうで溶けないビニールの口を開く。その沸騰を、カップ麺の中にそそぎいれて溢れだす湯気にむっと顔面を舐められる。耳の穴に突っ込みっぱなしの宇宙電話にダイヤルをかけてみる。チャルメラみたいな音が暫く続く。何度目かのリダイヤルで繋がった。これより地球へお繋げします。延々と鳴るかと思われた呼出音は意外と早く途切れ、はい…という爛れた鼻声に電波が震えた。
「ラーメン出来上がるまでの三分、暇で死んじゃうから相手しろヨ」
 一拍の間を置いて、おおいなる溜息が耳に籠もる。
「地球はド深夜だよ 神楽ちゃん」
 こっちはずっと夜アル永遠に朝が来なくて傘いらずだから楽できていいネ…風でフタが飛ばないように押さえながら言った。ふやけていく指の腹と同じぐらい、間延びした欠伸を息で感じて、じゃあ今見てた夢の話してヨと振れば、覚えてねーよ・・・いや・・なんかメリーゴーランドに乗ってたような・・・?ずっと上下運動に晒され続けてたような・・ウッ気持ち悪くなってきた昨日飲みすぎた・・・雑音交じりの相変わらずな酒焼けの声、地球からの声、遠いのに近い息に笑えてきて、いい歳してメリーゴーランドを夢みてるアルかと返す言葉が宇宙電波の悪さに震える。ちげーよメリーゴーランドを夢みてるってなんだ、ただのメリーゴーランドの夢であって俺が夢みてるわけじゃねえよ・・いやアレ?夢は俺のだけどそれは脳味噌が見せた映像であって・・何言ってんのかわかんなくなってきた。
「あ、もう三分経ちそうだから切るネ」
 おおい!!!なんなのおまえ!!というツッコミが鼓膜を響かせるかわり、カップ麺の蓋の隙間から立ちのぼる湯気の匂いが宇宙電波を伝って向こうの鼻の穴まで届けばいい。地球で飽きるほど一緒に啜った味。油臭。宇宙には同じ時間が流れているのに、宇宙の時間は、かなしいぐらい違うこと。たった三分間の、途方もない孤独。切る寸前、ズズっと一息でいったラーメン啜る音に、あいっかわらず汚ねえなと笑われる。まったく誰に似たんだか。

2018.09.06/ラーメンタイマー