ずぶぬれのルフィが潮の匂いを身体中に纏いつけて、ゾロの数メートル先を重ったるそうに歩く。草履の底がぺっちょんぺっちょんと濡れた音をたてていた。擦り合わせた手に息を吹きかけるルフィの耳元で、綿のような白いかたまりがあらわれては消える。爪先から水滴が、ぽた、ぽた、と跡を残していく。緩やかな速度でのろのろと歩く背中にはりつく海の気配、海水を飲んだからかルフィはよわよわしい光を微かに放っている。海に落ちた直後のルフィからはよわい青の光が放たれているのが、いつだって見えた。 その青い光がルフィの影をぼうっと浮きあがらせる。その骨格までもが青く透けて見えそうに眼前で揺れている。堤防の細い道をルフィが両手を水平に伸ばして、ゆらりゆらりと進む。頭のうえの麦わら帽子は冬空のしたで夏の影を鮮やかに落とす。光や汗を吸った鍔が強烈に輝いていた。潮風が左からざっとルフィとゾロとの間を吹き抜けていく。
冬の海は予想以上に鋭い。まるで生きているかの如く彼らの肉体を飲み込もうと蠢いていた。潜ろうと伸ばした腕がぐっと引きずりこまれる。感覚はあっというまに麻痺してしまった。ルフィの肉体は速度を緩めることなく海底へと沈んでいく。ゴムの足がだらっと伸びきっているのが見えた。太陽が落ちきる前に引きあげねば厄介なことになる。足裏で海水をとんと蹴って、潜る速度をあげた。手を伸ばす。手を伸ばす。服裾を指先が掠めとったそのとき海底がカっと光った。眼前が眩むような、それほどの眩しさが一瞬眼球を刺す。薄眼で海底を覗くとチョウチンアンコウの群れが此方をじっと見あげていた。深海の魚が何故こんなところにいる。何も見えない筈のサカナの空洞の眼が一様にルフィに合わせて向きを変えた。息がもたなくなってきた。海に差す太陽を目指して片手で海水を掻いた。ちかっちかっと上からも底からも光はやまなかった。つめたい。光のくせに、つめたい。あのとき、だらりと伸びたルフィの指先がゾロの左耳を撫ぜるように引っ掻いたのだった。
ルフィの視線はその耳穴で定まったまま暫く動くことはなく、触れられている爪先だけが妙につめたい。ゾロの耳朶でかちゃりとピアスが鳴った。
耳朶に触れられていた手が離れていく。片方ずつゆっくりと脱いだ草履を堤防の下の砂浜へと落としてからルフィがとんっと飛んだ。服裾がひらりと揺れる。砂に埋もれながら伸びをして間接を鳴らす。帰ろう。駆け出したルフィの背中を眼で追う。太陽が海に溶けていく。ゾロは爪先を耳朶に当ててみた。穴の淵のぬるっとした感触に耳朶から離した指先を見おろしてみると爪のなかが青い。そこからツウと指の腹を垂れ落ちてくる匂いを嗅いでみた。その青いねばねばは紛れもなく膿だ。
2013.03.05/ウミアナ