上陸した町の小さなレストランはその路地の奥で控えめに光っていた。ガラス張りに料理のレプリカが並べられ、チョッパーは其処から目が離せない。透明のガラスに青い鼻を押しつけ並べられた料理をじいと見つめている。その後方で沢山の紙袋を抱えたサンジは短くなった煙草を携帯灰皿に放り込みながら、チョッパーをガラスから遠ざけた。腹減った、と俯くチョッパーに、サンジは笑いかけた。お目当てはどれだ?ガラスを指差しながらサンジが問うと、チョッパーは目を輝かせた。オムライス!よし帰ってから特別につくってやる。サンジは紙袋を持ち直しながらその中に卵が入っていることを確認し歩き出した。
 船に戻ると、甲板でナミが色取り取りのブランドロゴが入った袋を畳んでいた。沢山の衣類が並べられている。買い物を終えてきたばかりのようだった。ナミさん、もう町の方はいいんですか?サンジが声を掛けるとナミは振り向き、おかえりと微笑んだ。もう十分、ロビンはまだ見たいものがあるって別れたけど。服を畳みながらナミが笑う。いい町ね。ナミは背筋を伸ばした。遠くで風車がカラカラと回る音がする。他のクルー達は夕方までは戻らないだろうと予想して、サンジは言った。オムライスつくるんですけど、ナミさんも食べますよね。サンジの後方でチョッパーが目を輝かせているのにナミは思わず笑った。食べる!
 カウンターに座る2人の視線を浴びながら、サンジは特製オムライスをつくりはじめた。フライパンに油を敷いて、あらかじめ微塵切りにしておいた玉葱・ベーコン・ピーマンを炊きたてのライスと塩コショウを混ぜながら炒める。前後にフライパンを器用に動かしライスを舞わすサンジを2人は見つめた。香ばしい匂いが空気の隙間を辿って2人の鼻まで到達して、チョッパーのお腹から鳴き声が響いた。ナミは笑う。サンジはそこにトマトケチャップを絞りいれて、更に掻き混ぜていく。橙色に染まったライスを見て火を止め、用意しておいたディッシュに2人分まあるく盛り付ける。サンジくんは食べないの?ナミの問いにサンジは曖昧に笑った。サンジはボールに買ってきた卵を割りいれて、箸をすばやく動かす。カチカチと音を弾かせながら白身と黄身を切るように混ぜていく。作業をしながら冷蔵庫からラップのかかったプレートを出し、「これ隠し味」と2人に笑いかけた。なになにと覗き込んだ2人に、トロトロになるための粉チーズ、と答えながらそれをボールに加える。そうして綺麗に洗いなおしたフライパンをまた油を入れて加熱し、そこにバターを転がした。ふつふつと美味しそうな音が鳴る。サンジが自身の経験で知り尽くしているベストタイミングに、ボールから溶いた粉チーズ入りの卵を流し込む。フライパンを器用に傾けて、黄色と白を絶妙に広げていくその技術。チョッパーとナミは惚れ惚れとしつつ、鳴り止まないお腹を抑える。もう完成ですよ、と苦笑を交えてサンジが火を止めた。じゅくじゅくと泡を吹かせるスクランブルを綺麗に二つに割ってサンジはディッシュのライスの上に盛り付けた。菜箸でそこを割ると、じゅわりと白と黄色が溢れる。うわあ、と思わずチョッパーは声を出し、ナミも釘付けになった。さて、とサンジはケチャップを取って2人に渡して笑った。おえかきタイムだ。その優しい声にチョッパーが目を輝かせる。わたしも書くの?ナミが苦笑すると、もちろんですとサンジは彼女にケチャップを持たせた。
 目の前には2つのディッシュ。まあるい熟熟のオムライス。チョッパーは手を震わせながら、ナミはさらさらと流れるように、最後は2人の手でオムライスは完成された。チョッパーのオムライスのうえには、さくらの花びら。ナミのオムライスのうえには、まあるい蜜柑。2人は顔を見合わせて、楽しそうに笑った。サンジも満足そうに煙草を吸って、煙を吐かせ、2人にスプーンを手渡す。さあ召し上がれ。スプーンで卵を割ると、とろりと溢れる極上の味。口に運んで、スプーンごと頬張ってしまう。2人の頬袋がもぐもぐと動く。おいしい、と2人から漏れた声にサンジは顔を上げて、くしゃりと彼の全てを綻ばせた。

2009.03.21/秘密の晩餐