なにしてるの。ナミの声に頭をあげたサンジが、緩くわらう。彼はカウンターの椅子に座り、だらしなく崩れている。そして崩れたまま、煙草を指先で持て余している。ごはんが炊ける、のを、待っています。アクセントのない、一定とした声を聞きながら、サンジの隣に座る。カウンターに肘をつきサンジを見やった。すると体勢を正したサンジが、視線を彷徨わせ、あいつが、と云った。あいつが。ナミはゆっくりと反芻する。横目で彼を見ると、どうしようもない顔をしている。あいつが、おにぎり食いたいって言ったんで。サンジは一息にそう吐き出して、なんでもないふうに煙草を銜えた。落ちる、と思った。同時に赤くなった煙草の先端がみるみるうち縮んでぼとりと落ちた。燃え尽きた、灰がカウンター上で燻っている。
 奥でやかましい稼動炊飯器。それから朱色のランプが消え、炊けましたよと告げる音。水蒸気と同時、湯気が立ち昇ってくるのを見つめる。優しいのねサンジくん。その自身の呟き方が、優しさを、含んでいないような気がして俯く。
 米を、少しも冷ますことなく、サンジはひとつひとつ丁寧に握っていく。具も様々で、おかか・梅・サケと定番なものから、目を疑うものまで。リズムよく、彼の手の中で、米が、カタチになっていく。ひとつ完成すると、サンジは、ボウルに指を浸す。その手が、水ぶくれのようになる。見るからに熱そうだとナミはおもう。わたしもおなかすいちゃった。飲み干してしまった麦茶。その空になったコップを、傾けながらサンジを窺う。どうぞ。すぐさま差し出される、おにぎり。いただきます。ひとつを手に取って、その温かさに少し驚く。米の温度というより、人の温度だとおもった。そのままがぶりと食いついて、咀嚼する。一粒が集まって弾け、二口目には具が味を出す。おいしい。思うより先にいつも口からこぼれている。よかった。サンジは嬉しそうに頬を緩めながら、次々と握っていく。リズムよく、淡々と。しあわせそうに。
 かつ、と足音がしたので見ると、のそりとゾロが入ってくる。ナミは唇についた米粒を舐めとりながら、ゾロを見た。ゾロは興味なさそうに逸らし、そのままうつ伏せでソファに沈む。おおいそこで寝るな。文句を投げながらも、サンジがカウンターにおにぎりを二つ載せた皿を置いたので、仕方なくナミはソファにそれを持っていった。ねえおにぎり。ゾロの身体を揺する。芝生で寝てたんじゃないの? 問うと、ゾロの目が細く開けられた。……取られた。あいつに。そしてまたゾロの目が閉じられる。あいつに。ナミは反芻する。そう呟いたときには、もうゾロは寝息を立てている。ナミはソファを蹴った。狸寝入りのくせに。
 ナミさん、あいつ呼んできてもらえます? 自分で呼べば、と返してやったら、微妙な顔をされたので仕方なく部屋を出た。外の光がまぶしくて、瞼を押さえる。するとスケッチブックを携えたウソップが近付いてきて、いい匂い、と鼻を動かした。サンジくんがおにぎりつくってる。おっ食う!ウソップはバタバタとダイニングに向かおうとして、ふと思い出したように振り向いた。あいつなら爆睡中だぞ。そう告げてウソップは部屋へと走っていく。ウソップの、左脇に抱えられた、スケッチを見た。ふいに通り過ぎた風に、前髪が舞い上がる。


 あいつ、は芝生の定位置で、眠っていた。仰向けで、口を半開きにして、無防備に。それを見下ろすナミの首裏を、陽射しが焼いた。風が二人のシャツをはためかせている。ルフィ。そっと呼びかける。ナミはしゃがみこんで、彼を揺すった。ルフィ、耳元で声を張る。するとルフィの睫が震えて、そのままゆるりと開いた。黒い瞳にナミの橙の髪が映りこむ。おにぎり出来たって、サンジくんが。ルフィはぼうとした目をナミに向けたが、寝足りないのか再び瞼をおろす。その寝顔を見つめ、そのまま隣に、仰向けに転がった。視界に、冴えきった空の色。
 ナミはそっとルフィを見た。すべてが無防備なのにもかかわらず、右手だけが、心臓の上あたりで、強く握られている。握りしめられた麦わら帽子が、太陽光を反射し、ナミの網膜を刺す。澄んだ空を見つめながら、そういえばおにぎりを食べたあと。手を、洗わなかったことに気付く。少しべたついた右手が、ルフィの左手の、小指に触れている。ああ、ルフィの温度だとおもう。

2010.06.01/おにぎりみたいね