あのときルフィが齧っていたのは梨である。ぷわんと果実の匂いを漂わせた梨を片手にルフィは寝そべって、空を行き交うカモメを眺めていた。ゾロはそのとき何をしていたか。眠気が襲うなか、ただただルフィの黒髪が揺れる輪郭を追っていたような気がする。ルフィは裸足になると、その素足をゾロの素足に重ねた。足でけえ。こそばそうに目尻を細めながらも、親指の爪でひっかいてくる。じわじわと汗が滲んでは涼やかな風が奪っていく午後。「ゾロといる」、ルフィの口の中は梨の欠片。ゾロの足を枕にルフィは梨を齧りつづけ、そのかたちが歪に変化していくのを見ているとゾロの瞼は次第に落ちていった。
 雨が降るわよ。航海士の声、薄っすらと開けた眼に、どんよりとした黒雲。ルフィの頭が未だ足の甲に置かれてある、痺れて感覚がなかった、どうやら二人してまどろんでいたらしい。
「隕石が沢山降ってきたような気がする」、
 寝ぼけているのかルフィが空に目を向けたままそうこぼした。「とりあえずどけ」、ルフィの黒髪に触れようとしたら、あっさりと逃げていく上体。「あー良く寝た、んで腹減った」、「転がってるぞ」 ルフィの傍らにぽつり置かれてあった梨を拾い一口齧ってみた。口内でしゃりしゃりと音が弾け、広がる甘い香り。「サンジ腹減った!」 ルフィの大声に、もうすぐ夕飯だから待て!、すかさず返答がある。構わずもう一口齧ろうとしたところでルフィにそれを遮られた。もうひとくちだけ。そう至近距離でこぼされたルフィの手がゾロの手に重なり、次の瞬間には指ごと梨を齧られていた。小指から噛み千切られるような音。もういいや。にししと満面の笑みでルフィはキッチンへと消えていった。ふとそこで雨が降ってくる。一粒頬に落ちたかと思うとあっというまに土砂降りになった。梨の甘い匂いはすぐさま雨の湿気に掻き消されていった。小指の皮がべろりと捲れ血が膨らんでいるのを見てゾロも立ち上がる。右手から零れ落ちた梨がゆたりと転がり水溜りに沈もうとしていたあのとき。その傷を舐めたのがいけなかったのだとゾロは思い当たった。

2009.10.02/齧りあと