足首が透明に揺らめく。後ろについた手がじりじりと痛い。太陽の熱を吸い込んだそれは燃えている。足首を水の中で揺らめかしながらサンジは、夏の午後の中、薄い雲が切れ切れにくっついたり離れたりするのをぼんやりと見上げる。プールの水面がぐにゃり曲がってルフィが顔を出した。
あーきもちいい!!
その横からウソップも勢いよく顔を出す。その唇が紫色である。雲の隙間から見える太陽がプールの半分を照らして、その眩しさにルフィは目を細めた。なあサンジも入ろうぜ!そう言いながらサンジの手首をっ張るので、浸していた彼の足首が更に膝下まで沈んだ。おまっやめろ!捲っていたズボンの裾が濡れる感覚に背筋が震える。ルフィが楽しそうにケラケラ笑い、ウソップもぎゃははとわらいながら水を掛けてきて、サンジはすくりと立ち上がった。てめえら殺す。高く上がった水飛沫とともにサンジもプールに制服のまま飛び込んだ。
ちょっとマジさむいんですけど。ウソップがガタガタと顎を震わせた。バカなことした。制服を絞りながらサンジが言って、ルフィは仰向けに気持ちよさそうに寝転がっている。焼けるプールサイドに手をつきながら、三人はそれぞれに空を見上げた。三百六十度、夏の空。首元、髪の毛先から水滴がこぼれ落ちる。三人の座る場所に水が溜まって流れていく。サンジは隣で目を閉じて仰向けになっているルフィを見た。彼の黒髪からも水滴が浮かんでは消える。じ、とルフィの目元口元を追っていたサンジは、こんなだったか、とふいにおもった。太陽が反射したプールがちらちら眩しい。ルフィは水中にいるみたいに揺らめいている。それは夏の蜃気楼みたいでもあるし、逃げ水のようでもあるし、水平線の曖昧な部分のようにも感じた。薄い膜のように掴めないし誰も触れることはできないのだ。ルフィは近くで輝いて、遠くで煌いている。サンジのなかで輝きつづける。
げ、ナミだ。ウソップの声で、暑さで遠くにいったサンジの思考が戻る。入口を見ると、ナミがゆっくりとこちらに歩いてくる途中だった。三人の前まで来て、見下ろす。制服から伸びた白い足が美しい。びしょ濡れじゃないバカね。心底呆れたように目を細めて、彼女は何故かサンジに一瞬視線を向けた。湿気でうねっているオレンジの髪を耳にかけて、彼女もプールの水面に足を浸ける。ナミも泳げよ、制服透けるしな!しし、とルフィがわらって、ウソップもサンジもぐふっと崩れた。はったおすわよ。
ルフィとウソップがまたプールに飛び込んではしゃぎだしたのを遠くに見ながら、サンジは濡れた髪を掻きあげる。ねえサンジくん。脚をプールに揺らめかしていたナミが言う。
「ルフィのこと好きでしょ」
一瞬の間があって、ゆたりとサンジがナミを見返した。彼の目が見開いている。やっぱり。彼女は少しだけ笑んで、言う。サンジは肯定も否定もせず、後ろについた手が燃えていく感覚に集中した。
夏のはじまりの頃だった。彼と彼女の視線の先で、ルフィの背中が揺れている。
2010.05.07/ゲシュタルト崩壊