風の強い日だった。ナミはスープを飲んでいた。スプーンのうえで、光を吸い込んだホワイトスープが震えている。窓が鳴る。コンロの火が右に傾いているのには構わず夕方のレシピを真剣に眺めているサンジを横目で追いながら、スープを口に運ぶ。そろそろ食べ終わるという頃合に、甲板からルフィが降りてきた。ルフィはナミの姿を見つけると、突然手首を掴み言う。なあナミ髪切ってくんねェか? スプーンを握りしめたままナミが見上げると、にししとルフィはわらった。髪切ってくれ!

 よく手入れされた鋏をウソップから借りて、大人しく椅子に座るルフィの後ろにナミは立つ。風が強い日だ。ルフィの黒髪がすぐに揺れて奪われていく。色々なものが巻き上げられる。どうして今日なの、ナミは言わずにはいられなかった。ナミは何故かとても静かな気持ちで其処にいた。胸がわさわさして風が強くて異常なほど空が青い日。そんな日にルフィが髪を切りたいと言ったものだから。振り向かずルフィは言う。海が見えにくいんだ。ルフィは自身の前髪を弄びながら唇を尖らせる。すげえ青いはずなのに。
 上下左右から巻き上がる風に、今自分が何処にいるのか見失いそうになる。
 それでもナミは鋏を動かしはじめた。髪の隙間にそれを挟み込む。
 じょきりと切ると季節の終わりを告げるかのように落ちていくルフィの黒い髪。異常なほど海鳥が青空を舞い、鳴き声が聞こえてくる。ああよく見える、最後にルフィが笑うのを聞く。
 ありがとうナミ。見えるよ海も空も鳥たちも。

 冷めてしまったスープをサンジが温めなおしている間、キッチンの梯子の隙間から見える狭い空をナミは見つめた。強い風が時折キッチンにも音を運び形を運び、そしてコンロの火が傾いている。サンジはそのコンロの火を止めて、ナミを振り返った。狭い空に一羽の鳥が舞っているのをナミは見つめている。再び湯気を取り戻したスープをナミに手渡して、サンジは溜息をこぼすようにわらった。
 まるで、恋する少女のように綺麗だと思った。

2009.06.13/少女のような