浜田の放つ色は何だろうと考えて、浜田の背中をじいと見つめたことがある。梶山の座る斜め後の席から浜田の席までの距離はいつも教室独特の空気に邪魔された。浜田の金髪は太陽の光を吸って溶け込んでいたし、梶山の眼鏡はいつも曇っていた。そうした小さなことが浜田の色を濁らせたのだと思う。きっと本来の浜田の持つ色はビビッドだったのではないかと、あの頃の梶山は無意識に感じていて、濁った浜田の目にその色を見つけようとしたことも一度ではなかった。
浜田はいつも寂しそうに教室の端でうたた寝をするのだ。そして昼休みになると校舎の裏にしゃがみ込んで冷たい壁に頬を擦り付ける。放課後は知らないうちに消えていて、梅原や梶山に掃除当番を押し付ける。合鍵で入る浜田の部屋はとても息苦しい。空気があまりに澄んでいて、それがかえって苦しい。四角いテレビのスイッチを入れて、コントローラーを握って、梶山はひとりゲームをする。後ろのベッドでは梅原が寝そべりながら携帯を触っている。夕日が落ちる、この時間帯はいつも浜田の部屋で過ごした。ベッドの脚に背を預けて、コントローラーをだらんと持って、浜田の部屋から狭い空を眺めて。明るいような暗いような曖昧な時間帯の空を薄い雲が流れていく。テレビから鳴り続ける効果音はあの日々の声そのものだった。浜田がアパートの階段を上ってくる足音を聞くまでの、あの時間が梶山にとっての始まりだった。
あの日、浜田のアパートからの帰り道、梅原が自転車から落ちた。あまりにも静かに落ちたものだから、数メートル進むまで気付かなかった。振り返ると転がった自転車の横に、綺麗に梅原が転がっていた。梅原は少しも動かなかった。梶山が自転車を押して戻ると、梅原は仰向けのまま転がって、からっぽの顔を梶山に向けた。何やってんの、おまえ。わかんない。梅原はもう一度、わかんない、と言った。その梅原の真黒な瞳には夏の宇宙が広がっていた。
煌いた瞳が閉じられて梅原の指先が梶山の手首を捉えても。梶山は何も言えなかった。
「カジ、ちゃんと生きてんだなあ」
脈打つ手首を握り締められた痛みと、梅原の底無しの声が、今でも梶山の歩みをとめる。あの日、初めて知った。浜田が野球をしていたということを。部屋の隅に押し込められていた埃だらけのグラブを、浜田は捨てるよと笑ったけれど、きっとこの先も捨てられないのだろうと梶山は思った。
梶山は久々に勝手に合鍵を使って浜田の部屋に入り込み、あの頃と同じようにテレビの電源をつけてコントローラーを握り締めた。不快なゲームメロディ。それが病みつきになっていた数ヶ月前。あの頃、梅原はいつもへらへらしていて、梶山はアンニュイで、浜田は何かを隠していた。
アパートの階段を踏みしめる音が梶山の耳に入る。浜田が帰ってきたのだ。あの頃と同じ、きっちり十二秒後にガチャリとドアノブが回されて、入ってきた浜田は梶山を見て目を見開いた。なにやってんの、おまえ。部屋の隅に置かれたままのグラブを見つめながら、梶山は笑いが込み上げる。
「おまえ持ってるじゃん」
なにを、という言葉は返ってこなかった。ただ浜田は呆然と梶山を見ている。ウソツキだねーおまえ。イヒっと笑って浜田の部屋から出た。浜田の声が背中に飛んでくる。無視を決め込んで、取り出した携帯を押した。数秒のコール後、梅原の眠そうな声が耳に入る。どうでもいい話をしながら、浜田のアパートから遠ざかっていく。浜田の声も姿も消えたところで、立ち止まった。鼻水を啜る。カジ泣くなよ。梅原の声が耳の中に広がった。泣くかボケ、と梶山は返して、星がひとつも出ていない空を見上げる。あの頃、梅原はいつもへらへらしていて、梶山はひたすらにアンニュイで、浜田は何かを隠していたのだ。
2009.02.16/空洞レンガ