弁当箱の蓋の裏側に張りついているふりかけの海苔をこそこそと取っては戻し、隣から話しかけられるたび整然と答えては笑い、フォークに突き刺したアスパラベーコン巻きを歯で噛み潰したと同時に滲みでる肉汁、卵焼きにヒジキを添えたものを水筒の蓋にそそいだ麦茶で飲み込んでしまってから、篠岡は窓の外を見やる。積乱雲がもわもわと青の空に沸き立ち、その隙間から覗いた太陽の光線に眼球を刺されたことで瞬きをしていると、ふいに机を叩かれたので振りかえったら阿部の視線がふってくる。今日も三橋の頼むな、と云われ、わかったと頷いてから阿部が水谷たちのいる方へ戻っていくのを目で追っていると、千代もう10分だよと声を掛けられ、慌てて弁当箱の蓋を閉じてカバンに放り投げて立ち上がり、昼休みのざわめく教室から駆け出ようとしたところ、忘れ物!と叫ばれ振り返ると麦藁帽子が飛んできたので反射的にそれを掴み笑う、日の光たゆたう廊下を走っていく篠岡の手には麦藁帽子、夏の午後。
 茫茫に伸びた草を時間の許す限り刈っていく間、地面で揺らめくのは麦藁帽子と入道雲の影。友人がアイスを差し入れてくれ、礼を述べながらそれに齧りつくと歯茎に染みる冷たさ、瞬く間に溶け落ちるアイスをこぼさないよう無言で食べ続け、同じく隣でアイスを舐める彼女の瞳に映る青空にじっと見入る。その目が細められ彼女のくちびるが、夏だねえ、とこぼしたので、夏ですねえ、と返した篠岡の指のあいだを溶けたアイスが流れていった。
 選手たちの掛け声を耳に入れながらの水撒きは、わんさと鳴り止まない蝉に脳の奥をやられ、ぼんやりと様々な空想を浮かびあがらせる。かぶったキャップでびっしりと蒸れた頭皮が気持ち悪く、額に貼りつく前髪を指先で掻き分けながら流れ落ちる水が土の色を変えるのを眺めていると、先ほどの水谷の目を思い浮かべてしまい、ホースの先を押していた親指に力が入り、水滴が弾け飛ぶ。
 放課後の恒例のゴミ出しじゃんけん、パアで一人負けの篠岡。逆さまにしたハコからこぼれていくゴミを見届けているあいだも蝉の戦慄きが鼓膜に押し寄せ、日のひかりに透けた葉の一枚一枚が篠岡の目蓋のうえを這っていく。その帰り、階段を駆けのぼっている途中で鉢合わせた水谷は、置いてかれたんだよひっでえよなあ、とおどけていた。水谷の瞳の奥が時おり暗く翳るのを篠岡は知っている。
 手からゴミ箱が滑り落ちた。がつん、がつんと段差を跳ねながら落ちていくゴミ箱と、暗い瞳で笑う水谷の顔が、まなうらを交互に駆け巡っていった。夏、茹だる。

2011.8.19/choker